「世界のエリートはみなヤギを飼っていた」田中真知×中田考によるウイズコロナ小説【第1回】
第1回 リュウがカーナビと言い争って高速道路の星をめざすこと
車はゆるやかなスロープを登っていた。高速の入口らしい。
思い出した。この高速道路に朝の光がさしていた。それをマンションの窓から見て、オレはなにかを感じて飛び出したんだ。ちょうどいい。このまま高速に入って飛ばしてやろう。ハイウェイスターになってやる。リュウはアクセルを踏んだ。
「おいおい、なにやってんだよ!」
ナビのやつがあわてている。ざまあみやがれ。俺様はハイウェイスターだ。
さらにアクセルを踏む。背中がシートに押し付けられる。スロープを上がると本線に合流した。そのとき前方から車が突進してきた。危ねえ。左車線にハンドルを切って間一髪で避けた。なんなんだ、逆走車か?
ところが、あとからあとから車が猛スピードで逆走してくる。なんだ、この高速は? 逆走車だらけじゃねえか。
そのときリュウは事の重大さに気づいた。全身から汗が吹き出した。
「バカタレ! 幼稚園児だと思ったら、ボケ老人かおまえは!」
「そんなことより、どうすりゃいいんだよ?」
「ヘッドライトをつけろ、そしてクラクションを鳴らせ!」
リュウはビームを点灯し、ハザードランプをつけ、クラクションを鳴らしっぱなしにした。ナビのいいなりになるなんてしゃくだったが、それどころではなかった。
正面から突進してくる対抗車があわただしく車線変更する。すれ違いざま、向こうの運転手がぎょっとして、こちらを一瞥する。
「ちくしょう、あいつらのドライブレコーダーにオレが写っているんだろうな。ツイッターやインスタにその動画がさらされるんだろうな! ちくしょう、こんなかたちで有名になっちまうとは」
「くだらないこといっている場合か!」ナビが怒鳴った。
そのとおりだった。でも、どうすればいい。
「車が少なくなったときに、右端に寄って、そこで停車しろ」
でも、車はちっとも減らない。それどころか正面からでかいトラックがクラクションを鳴らしながら、ものすごい勢いで近づいてくる。
このままだと確実にぶつかる。こんなことで命を落とすなんて、なんちゅう人生だ。死ぬ前には過去の思い出が走馬灯のようによみがえると聞いたことがある。トラックがみるみる近づいてくる。でも、走馬灯のスイッチが入らない。
「ちくしょう、ナビだけでなく、走馬灯まで壊れているのかよ!」
リュウは一か八か左にハンドルを切った。中央分離帯に車体が乗り上げる激しい衝撃につづいて、視界がぐるぐるまわり、全身がいろんな所に叩きつけられ、ナビが断末魔のような悲鳴を上げたところまでは覚えているが、そのあとはなにも思い出せなかった。
(つづく)